日曜日、13日、午後11時少し前。
父の闘いが終わりました。
意識が朦朧とし始めて30分、持ったかなぁ?
いつもどおりの、ちょっと体調がわるいかな?
そんな感じで始まった父の日曜日。
今年の初物の千葉産のスイカを美味しいといって食べてました。
私が仕事から帰ってきて、ちょっと具合が悪くなり始めて、
緊急で馴染みの看護師さんが駆けつけてくれて、ありがとうといっていました。
少し楽になったよ、と。
それから1時間待つことなく、様態が悪くなったので緊急で在宅医療の先生に来ていただきました。
覚悟をするようにいわれました。
熱が上がってきて、「まだいい」と言い張っていた痛み止めの薬を飲むことにも素直に従って飲んでくれました。
一旦、熱が下がり始めてのですが、徐々に、手足が冷たく、意味不明の言葉を発するようになりました。言葉のキャッチボールができませんでした。
また先生に電話しました。
恐らく最後の力を振り絞ってますから、側にいてあげてくださいと。
速攻で歩いて10分のアパートに住む妹と姪っ子、甥っ子を呼びました。
父が何か言おうとしていたので「なに?」と聞くと
「ばあちゃん・・・。」と。
「お母さん、お父さんが呼んでるよ」
「ここにいるよ、もうじきみんな来るからそれまで頑張って!」
でも、その願いは届きませんでした。
妹たちが到着する僅か前に、全ての動きが止まってしまいました。
妹、姪っ子、甥っ子が声をあげて号泣していました。
私は在宅医療のナースセンターにまず電話。
すぐに看護師さんは来てくれて、先生にも連絡を取ってくれました。
「先生が到着するまでに、綺麗にしてあげましょうか」
身体を拭き、綺麗なパジャマに着替えさせ、髭もそってくれました。
まるで、ただ、そこで眠っているかのようです。
先生が来て「いいお顔なさってますね。」と。
最後まで意識があったのは、凄い生命力ですよ、と。
恐らく、癌による誤飲性肺炎になっていたのではとおっしゃってました。
いつも通りの朝でした。
いつも通り3時間で仕事から帰ってきました。
もう4時ですが、眠気もなければ頭も回りません。
ですが、昼頃からは再起動をかけなくてはなりません。
妹が付き添ってくれることに感謝です。
母と一緒に我が家で看取れたことは幸運でした。
沢山、やらなきゃいけないことがありますので、もうひと踏ん張りします。
見ててね、お父さん。